農場コラム

簡単な自分史と、今思うこと。

12月の頒布会便りに加筆しました。【村上智華】

【生まれと育ち、村上農場に至るまでのこと】
私は十勝生まれの十勝育ちです。十勝は特別気候が良く、北海道でもピカイチ住みやすい所です。冬は寒いですが、春から秋にかけては最高です。
思うに、北海道は新しい土地なので、しきたりや文化が少なく、女性にとっては比較的生きやすい場所かもしれません。私はかなり自由な精神を持つ人間なので、そこは北海道に向いている、、というか、生粋の道産子なのかも。
20代は9年ほど保育士をしていました。養護施設を2年と保育園を6年ほど。嫁いで突然農家に転身。それまでの私は農業には縁もゆかりもありませんでした。
その時代の村上農場は、家族経営で全量農協卸の極々一般的な農家でしたので、私には機械的に思えて将来が見えずに不安でした。卸だけの仕事には、成長の伸びしろが無い様に思えたのかもしれませし、人と向き合うのが好きな私には、人との触れ合いが無い仕事は合いませんでした。
私自身、特に農業に興味があった訳ではありませんでしたので、家族は、この人にいきなり農業は無理だろうと判断したのでしょう。私は賄い係に任命され、お昼と夜、パートさんの食事を含めて、半端ではない大量の食事を作っていました。当時は田舎で買える食材が少なかったので、料理本とにらめっこして一週間分の献立を作成し、車で45分程度掛けて、帯広市に段ボール数箱分も買い出しに行っていました。
当時は料理が好きでも得意でもなかったですし、休みのない仕事で本当に辛かったです。
そんな中、前職(保育士)のあきらめが付かずに悩んでいて、なんとパート復帰にもチャレンジしました。ただでさえ忙しく、自分の時間の捻出が難しかったので、保育園のパートに出るのはとても大変でした。ただ、パートになってみると、責任の無い仕事がつまらなく思えて、やっと前職に対する諦めが付きました。私らしいと思います。
この頃の数年分の膨大な献立ノートは、ある時、見るのも辛くなって、農場の焼却炉で燃やしてしまいました。本当にストレスな時代でした。料理本はボロボロになって分解してしまったものもありました。小林カツ代さんにはお世話にはなったと思います(笑)
でも、この時代まじめに頑張ったのが今のレシピ制作の礎であり財産になっています。なんでもそうですが、目の前の壁に一生懸命に取り組むことは、未来に繋がると思います。

 

【次へ繋がる意識の変化】
そんなストレスで死にそうな毎日の中、「食の学校」という東京本部の勉強会の主催の塩川先生にご縁が出来、入会する事になりました。私一人で上京し参加するのですが、当時は学生運動世代の方々や、当時はまだ苦労していたメーカーさん(今を煌めく人々)が集まる、世の中の流れから逆行した人たちの変人会だったので、非常に激しく、参加する度に知恵熱を出していました。ですが、参加する中で、地方発信で中央を意識するという考え方から一変し、地球上で自分がどういう立ち位置で生き、仕事をするのか、という考え方に替わりました。
対局の相手を意識する1:1の発想から、全体の中の1ピ-スを意識する様に成ったのです。また、どう「売る」か、ではなく「食」や「意識」の勉強がベースになったのが私の土台になっています。村上農場自体も、そのように作り上げましたので、皆さんにも伝わっているのではないでしょうか。

 

【更なるステップへ】
農協以外に、レストランに卸す仕事を始めました。この時は選果機を持っていなかったので、ホウキやブラシでじゃがいもの土落としをして短ボールに詰めていました。10kg詰めるのに40分掛かっていた時代。利益も何もありません。その後、選果機を購入に至ります。進退を掛ける様な高額投資でした。
やがて、小売店さんとの取引も順調に進んだのですが、お相手とのマインドの違いに気が付いて、ご縁を絶つ様な決断をし、じゃがいもを数十トンも破棄しました。生き方の問題でしたので、譲れませんでしたが、本当にきつかったです。ゴールに近付いたと思ったらやり直し・・というよりマイナスの再スタートです。
更に、当時は青森の木村さんとのご縁もあり、自然栽培にもチャレンジしていましたので、多品種・熟成、卸のトラブルが相まって、農場が潰れそうになりました。そこで、農場の立て直しの為に止む追えず、農薬や化学肥料を極力使わずに、どうしても譲れない「味」の重視、つまり多品種と熟成に絞る決断しました。
すると、新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、と色々な分野で取り上げて頂く様になりました。
最初は味というより色モノ的な捉えられ方だったのでとても不満でしたが、そのうち味の評価もついてきて、朝日新聞、満天青空レストラン等々、沢山の取材を受けました。おはよう日本の中継がご縁で、NHKの45分の特集が決まり、一年前からの撮影や取材が入りました。最近では、コウケンテツさんの番組もありました。

その度、新しいお客様との出会いがあり、ご注文が増えれば増える程、仕事の量が増える、でも事務所の運営は当初私一人。自分自身も仕事もアップデートしなければ仕事をこなしていけませんでした。求められる度に自分自身を変えていくのは結構きついものです。人って自分を変化・成長させるのが一番難しいですから。当初はお昼ご飯は受話器を上げたままにして、キッチンに立って卵かけご飯を食べる、そんな毎日でした。
朝日新聞にご紹介頂いた際は、2週間で900件近い受注を一人で対応しました。今考えると嘘みたいです。
複合機もない時代で、あるのはプリンターだけでしたから。夜中の3時、4時まで当たり前に働いて、朝6時にまたスタートする、それが日常でした。一週間働いては倒れる、そんな毎日です。
ある時期、自分で調理作することもままならず、出前に頼った頃があったのですが、、、その時に見事に太ったり、体調が悪くなのっているのが分かって以来、どんなに忙しくても食生活だけは丁寧なものを心がける様になりました。
ここも、私の「食」に向き合うターニングポイントになった様に思っています。
ただ、この頃はまだシーズンオフがありました。やがて販売は年間通して忙しくなり、スタッフも一人二人と増えていきましたが、事務所スタッフは今年の6月に野上が参画するまではパートさんのみでしたから、今振り返っても、これまでの人生で人の3倍4倍はもう既に働き終えてしまった様に思います。

 

【忙しくなった理由】
多くのメディアに取り上げられた理由は、多品種と熟成が珍しかったからに他ならないのですが、私達の場合、たまたま多品種に挑戦したら、熟成に出会ってしまった。そして、環境が整っていないにも関わらず、挑戦し続けた。ただ、それだけです。他の農業者だって味の変化にはどこか気が付いていた筈なのですが、それを極めようとする人がいなかった、その違いだと思います。
もちろん、仕事を極める事には時間が必要になるので、当然自己犠牲が伴います。そういった意味では、私は自分の人生を投げうって、仕事に生きてきました。なんでもそうだと思いますが、自分の全てを掛けられるかどうかが肝心なのだと思います。つまりは、「覚悟」というやつですね。私は、この「覚悟」があるかないかで人の仕事の流儀が変わると思います。そして、「覚悟」のある人に、人は何かしら惹き付けられるように思いますし、しいては、それが評価や結果にも繋がるのではないかと思っています。

 

【今の仕事】
ずっと自分の身体を張って仕事をしてきましたが、そろそろいい年になり、村上農場も大きくなってきたところで、野上が参画し、私もやっと頭を使う仕事が出来る様になりました。現場にいないので、何をしているのか分からない方も多いと思いますが、これまで出来なかったこと、うやむやになっていたこと、次の一手など、野上と逐一相談しながら前へ前へと進んで、やっと楽しくなってきた感じです。遠巻きに人を育てるのもやはり性に合っている様です。
それにしても、今は殆どリモートで仕事が出来るので、凄い時代になりましたよね。
コロナ前にHPの整理が付いた事も大きかったですし、私一人で動かしていた時代と打って変わって、システムエンジニアさんやEコマース(ネット販売)の専門家さん等、今はプロの方の力を沢山お借りしているので、そこも戦力です。

そうした流れで思うのは、一つの仕事ではなく複数の仕事を掛けもする時代に入ったな、という印象です。
アメリカや韓国の様に、スケールアップした転身も一つの手ではありますが、今は、やり切った人は複数の仕事を持つのが、この時代の先駆けだと思っています。一つ自分のものにしたなら、確実にもう一つも掴むべき。
なんでも極めれば技術ですし、例えば家事だってそう。今は思わぬものに価値があり、多種多様なものが必要とされています。但し、極めたプロフェショナルだけ、そしてチャレンジした人だけが生き残り、更に成長出来る、そんな時代ともいえるでしょう!!

 

【今興味があるもの。大人になって持つ趣味。】
人と触れ合う仕事、そして人それぞれが同じものを食べても独自に感じる「味」を通し、私は人の「心」にとても興味を持っていました。
そこを突き詰めていった先で、人の心を解析した仏教の「唯識思想」に出会いました。
非常に難解ですが、奥が深く、私の疑問の全てに答えが出ました。しかし、無宗教者であるが故に他の宗教も見てみようと思い、世界の宗教をざっと勉強したのと並行して、哲学にも行き当たりました。
今は、心、宗教、哲学を通して「人類が考えてきた歴史」を見るのが趣味になっています。
結局のところ、今も昔も人の心ってそう変わってはいないので、先人・偉人の思考のパターンを見るのがとても楽しいです。仕事にも大変役に立っており、以前にもコラムに記載させて頂いた「味わいの生まれるところは結局人の心である」という見解にも行きつきました。

人って、年を取っても、学びと発見が膨大にある事に気が付いています。
皆さんは如何ですか??限られた人生の時間です。お互い有意義に過ごしたいものですね。

 

村上 智華

 

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